1754枚目■ 昔、親は無償の愛だった |
|
カレンダー
カテゴリ
以前の記事
2026年 04月 2026年 03月 2026年 02月 2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 2025年 06月 2025年 05月 2025年 04月 2025年 03月 2025年 02月 2025年 01月 2024年 12月 2024年 11月 2024年 10月 2024年 09月 2024年 08月 2024年 07月 2024年 06月 2024年 05月 2024年 04月 2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 お気に入りブログ
最新のコメント
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
2023年 10月 20日
私のような戦後生まれの人間の親は、貧しくても愛情だけは豊富でした。 今、子どもの虐待などのニュースを見ると、考えられない感覚です。 何を於いても子どもの為にと、特に母親は自分を我慢してでも、 子どものためにと生活をしていました。 特に今ほど食べ物がなかったので、食べ盛りの子どもには自分の分の半分を 子どもに入れて食べさせていました。 子どもと言うのはそういう事を感じて、心に残っているものです。 だから大きくなったら親を大切にしようと心に決めているのです。 しかし、何もかもが甘いのかと言えばそうではなく、 子どものためを思って躾に関しては厳しくしていました。 ちゃんと「挨拶をする」。「ありがとう」を言う。人に対しては「感謝する」。 などを教えられました。 怒る時は怒る。褒める時は褒める。抱きしめる時は抱きしめる。 それがはっきりしていました。 120%の愛情を注いでも、決してその見返りは求めませんし、 そういう考えすらありませんでした。 それが無償の愛だと思います。 自分を犠牲にしているなら「自己犠牲の愛」と思われがちですが、 そうではないと思います。 自己犠牲の愛なら、子どもの幸せのために、自分が犠牲になっているという、 「自分が負け/子供が勝ち」の状態だと思いますが、その状態は無意識のうちに 「見返り」を求めているのかも知れません。 その見返りが「感謝」「愛情」「承認」「必要とされたい」「特別な存在」 と言ったようなものが隠れている可能性があると思います。 そして、大きくなったら面倒をみて貰えるという見返りを。 無償の愛は、一切そういう見返りを求めない、無条件の愛です。 よって感謝されなくても「育ててやったのに」「大学まで行かせてやったのに」 とかいう気持ちは出てこないのだと思います。 「自分が愛情を注ぎたかったから注いだだけ」 それだけで、自分も満たされて幸せを感じるのです。 相手だけではなく自分も満たされているのが、 「自分も勝ち/相手も勝ち」の状態だと思います。 最近の児童虐待のニュースを見ていると、 子どもの為ではなく自分の欲のために、子どもを犠牲にしていると思います。 大概がシングルマザーの彼氏が家に来るようになってから、 子どもは犠牲になって行きます。 自分達二人にとって子どもは邪魔になり、 その邪魔なイライラが虐待という形になって行くのだと思います。 母親は彼氏を失いたくないから、子どもを虐待されても止めることなく、 時には一緒になって虐待をする。 子どもが亡くなってから、やっと自分が奴隷化されていたことに気が付く というパターンが多すぎるように思います。 子どもが犠牲になって命を落とさないとわからない親の愛って、 一体何なのだろうと思ってしまいます。 いずれにせよ、自己犠牲的な愛ではなく、 無償の愛を貫き通したいと思います。 じゃ、また明日!
by mihoko-ogata
| 2023-10-20 00:00
|
Trackback
|
Comments(0)
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||